不眠症とは
不眠症とは、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒、などによって睡眠の質が悪化して必要な睡眠時間が十分とれず、そのために日中に倦怠感・意欲低下・集中力低下などの不調が出現する病気です。
心配事やストレス、旅行などで「眠ろうとしても寝付けない」という不眠経験は誰もがあるはずです。通常は数日で眠れるようになることが殆どですが、時に不眠が改善せず長期間にわたって続くことがあり日常生活に影響を及ぼします。
- 夜間の不眠が続く
- 日中に精神や身体の不調を自覚して生活の質が低下する
この2つがある時に「不眠症」と診断されます。
不眠症は、交通事故の増加や生産性の低下に繋がるなど、社会的な問題となっています。不眠によって脳が休息できないと、日中の集中力や作業効率が低下します。また睡眠不足が続くと、レプチンという食欲抑制ホルモンの分泌が低下して、グレリンという食欲増進ホルモンの分泌が増えることが示されています。つまり、睡眠時間が短いと食欲に関するホルモンのバランスが乱れて食欲が増進してしまい、肥満や高血圧、糖尿病といった生活習慣病につながりやすいと考えられます。
量・質ともに良い睡眠をとることができる人は、年齢を重ねても心身が健康であり、生活の質も高いという研究結果があります。そのため、睡眠と日常生活、健康の関係は非常に大切な問題なのです。
不眠症のタイプ
入眠障害
寝つきが悪く、30分~1時間以上なかなか眠れないタイプですが、一度寝ついてしまえば朝まで眠れる方も多いです。心配事やストレスなどで起こりやすくなります。不眠症の中で最もよくみられるタイプです。
中途覚醒
寝付けるものの眠りが浅く途中で何度も目が覚めてしまうタイプです。十分に寝た実感がなく熟睡感がありません。
熟眠障害
睡眠時間は十分とっているものの眠りが浅いため、熟眠感が得られていないタイプです。高齢者やストレスが多い方、神経質な性格の方に多いとされています。
早朝覚醒
比較的寝つきは良いものの本来の起きる時間より2時間以上前に目覚めてしまい、その後眠れなくなってしまうタイプです。高齢者では体内時計のリズムがずれやすく、夜起きていられなくなり、極端な早寝早起きになります。
不眠症の原因
大部分の不眠症にはそれぞれの原因があり、対処方法も異なります。主な不眠の原因は以下があげられます。
①ストレス
家庭環境や仕事・人間関係などによるストレスや緊張は、安らかな眠りを妨げます。
引っ越しや転職などの環境の変化もストレスとなり不眠の原因となります。真面目で神経質な性格の方は注意が必要です。
②身体的な病気
心臓病や呼吸器疾患、泌尿器疾患、リウマチ等の様々な身体の病気で不眠が生じます。不眠そのものよりも背後にある病気の治療が優先です。原因となっている病気が改善すれば、おのずと不眠も消失します。
③精神的な病気
多くの心の病気は不眠を伴います。近年は、うつ病にかかる人が増えています。不眠症だと思っていたら実はうつ病だったというケースも少なくありません。不眠症状とともに、気分の落ち込みや意欲の減退、興味の減退などの症状がみられる場合には、精神科や心療内科の医師に受診しましょう。
④薬や刺激物
降圧剤・甲状腺製剤・抗がん剤などの治療薬は不眠症の原因となりえます。また、コーヒー・紅茶などに含まれるカフェイン、たばこに含まれるニコチンなどには覚醒作用があり、安眠を妨げます。カフェインやアルコールには利尿作用もあり、トイレ覚醒も増えます。アルコールには睡眠導入効果がありますが、眠りは浅くなってしまいます。
⑤生活リズムの乱れ
夜勤などの交替制勤務や時差などによって体内リズムが乱れると不眠を招きます。現代は昼と夜の区別がなく働く場合もありますから、どうしても生活リズムが狂いがちです。
⑥環境の問題
騒音や光が気になる場合や、寝室の温度や湿度が適切でないと安眠できません。
⑦その他の問題
睡眠時無呼吸症候群やレストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)など、睡眠に伴って呼吸異常や四肢の異常運動が出現するために睡眠が妨げられ、不眠症状が出現する場合もあります。このような場合は通常の睡眠薬では改善しないため、専門施設での精査が必要となります。
不眠症の検査
不眠症そのものを検査することはなかなか難しいのですが、不眠症に他の病気が隠れていないかを検査することで、その後の方針や治療に役立てることができます。
①ポリソノムノグラフィー(PSG)
PSG検査は、脳波・心電図・筋電図・呼吸・いびき・動脈血酸素飽和度などの生体活動を、一晩にわたり測定する検査です。この検査により、閉塞性睡眠時無呼吸、周期性四肢運動障害、睡眠時随伴症などの睡眠障害の診断が可能となります。
②脳MRI
脳の異常で直接不眠症になることは考えにくいのですが、頭痛を合併している場合や、ホルモン異常などを認める場合には検討する検査です。
③血液検査
肝機能や腎機能を含めて全身状態を評価します。甲状腺や副腎のホルモン異常は不眠症の原因となりえるため、血液検査を行い確認します。
不眠症の治療
治療のゴールとは、薬物治療により十分な睡眠を得ることではなく、薬に頼らずとも十分な睡眠が得られるような生活習慣を作り出すことです。
まず不眠の原因を診断し、薬物療法以外の治療を行います。他の疾患が不眠の原因となっている場合は、背後にある病気の治療が優先となります。また日常生活を見直し、不眠症の原因となる生活習慣を改善していきます。それでも症状がなかなか改善しない場合には、不眠症のタイプに合わせてお薬を用います。
非薬物治療(睡眠習慣の改善と不眠の予防)
就寝・起床時間を一定にする
睡眠覚醒は体内時計で調整されています。週末の夜ふかしや休日の寝坊は体内時計を乱します。平日・週末にかかわらず同じ時刻に起床・就寝する習慣を身につけることが大切です。
睡眠時間にこだわらない
睡眠時間には個人差があります。「◯◯時間眠りたい」という目標設定は睡眠恐怖に繋がるのでやめましょう。重要なのは睡眠時間ではなく、日中に眠気が残らないことです。日中に眠気があるときは午後3時前までに30分以内の昼寝をとると効果的です。
朝日を浴びる
太陽光には体内時計を調整する働きがあります。朝日を浴びると夜寝つく時間も早くなります。逆に夜に強い照明を浴びすぎると、体内時計が遅れて早起きが辛くなります。
適度な運動をする
ほどよい肉体的疲労は心地よい眠りに繋がります。短期間の集中的な運動よりも、負担にならない程度の有酸素運動を定期的に継続することが効果的です。
食生活を見直す
規則正しい食生活を心掛けましょう。3食きちんと食べることが大切です。食事を抜いて空腹のまま寝ると睡眠は妨げられます。就寝3時間前からは覚醒作用・利尿作用のあるカフェイン(日本茶、コーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートなど)は取らないようにしましょう。また就寝前に水分を取り過ぎないようにしましょう。
寝酒は控える
寝酒をすると寝つきが良くなると考えがちですが、効果は短時間しか続きません。飲酒後は眠りが浅くなり、早朝覚醒が増えてしまいます。
寝室環境を整える
眠りやすい環境作りは大切です。
寝具 | ベッドや布団、枕は自分に合ったものを選択 |
---|---|
温度・湿度 | 適温は20℃前後、湿度は40~60%前後 |
照明 | 白みの強い照明は避ける。暖色系の蛍光灯を |
入浴 | 就寝2~3時間前に適度な温度で |
不眠恐怖を断つ
眠れない日が続くと不安になり、「早く眠らなければ」と焦れば焦るほど目が冴えてしまいます。「どうせいつかは眠くなるのだから、眠くなるまで起きていよう」くらいに割り切ったほうが良い結果に繋がります。
薬物治療
薬物治療を行う場合でも、非薬物治療(睡眠習慣の改善)は継続しましょう。睡眠薬の服用量は最小限に抑え、服用量を徐々に減らしていき、最終的には睡眠薬の服用がゼロになることを目指しましょう。
①GABA受容体作動薬
脳の興奮を抑えるGABAの働きを促すことで、脳を休息させて眠りへ導きます。薬の構造から「ベンゾジアゼピン系」と「非ベンゾジアゼピン系」に分けられます。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬には、即効性や効果持続時間で様々な種類の薬がありますが、
- 健忘
- 認知症進行
- 依存性
- 耐性
- 持ち越し
- 筋弛緩作用
などの副作用も多くあります。
タイプ | 半減期 | 製品名 | 使用例 |
---|---|---|---|
超短時間型 | 2~4時間 | ハルシオン | 入眠障害 |
短時間型 | 6~12時間 | リスミー | 入眠障害 中途覚醒 |
デパス | |||
エバミール | |||
レンドルミン | |||
中時間型 | 12~24時間 | ユーロジン | 中途覚醒 早朝覚醒 |
ベンザリン | |||
サイレース | |||
長時間型 | 24時間以上 | ソメリン | 中途覚醒 早朝覚醒 |
ダルメート | |||
ドラール |
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬と比較して副作用が軽減されており、依存性、耐性、筋弛緩作用が少ないと言われています。一方で、超短時間作用型しかなく健忘症状は起こりえます。
タイプ | 製品名 | 作用時間 | 強さ | 使用例 |
---|---|---|---|---|
超短時間型 | ルネスタ | 4~5時間 | + | 入眠障害、中途覚醒 |
アモバン | 2~3時間 | ++ | 入眠障害 | |
マイスリー | 2~3時間 | +++ |
②メラトニン受容体作動薬(製品名:ロゼレム)
メラトニンは体内時計を調整するホルモンです。夜になると脳の松果体から分泌されはじめ、深夜をピークに、朝になり太陽の光をあびると分泌されなくなります。メラトニン受容体作動薬はメラトニンの分泌を促し体内時計を調整するお薬になります。従来の睡眠薬に高頻度で発現していた依存、耐性、反跳性不眠がなく、自然に近い生理的睡眠を誘導するお薬です。
- 中途覚醒
- 早朝覚醒
- 熟眠障害
- に使われます。
一方で即効性はなく、効果が得られるのに2~4週間かかり、眠気の残存や頭痛などの副作用があります。
③オレキシン受容体拮抗薬(製品名:ベルソムラ、デエビゴ)
オレキシンは覚醒と睡眠を調節するホルモンの1つです。脳内でのオレキシンの作用を弱めることで睡眠を促します。こちらのお薬も従来の睡眠薬に高頻度で発現していた依存、耐性がなく、自然に近い生理的睡眠を誘導するお薬です。
- 中途覚醒
- 早朝覚醒
- 熟眠障害
- に使われます。
入眠障害の方にはやや効果不十分に感じることがある一方で、翌朝にも眠気が残ってしまうこともあります。また眠りの質に影響するため、夢を見ているレム睡眠が増加し悪夢を見ることがあります。
④漢方薬
漢方薬には西洋医薬の睡眠薬のような直接的に睡眠を起こす作用はありませんが、西洋医薬と併用することで不眠の原因が解消され、自然な眠りが促され熟眠感が得られることがあります。
加味帰脾湯
ストレスによる不安や気分の落ち込みがひどく不眠になっている方に有効です。「柴胡(さいこ)」を含み、気分を安定化させてくれます。
抑肝散
「柴胡(さいこ)」を含みます。気が昂って眠れない、一度目覚めると寝付けない時などに使用します。目が覚めてしまった時に頓服で飲むこともできます。
加味逍遥散
「柴胡(さいこ)」を含みます。女性ホルモンのバランスを整える作用があり、月経不順や更年期障害、冷え性などにも有効です。
柴胡加竜骨牡蛎湯
「柴胡(さいこ)」を含みます。神経が過敏になり物音や光刺激ですぐに目覚めてしまうひとに有効です。交感神経を鎮めてくれるため、イライラやストレスが多い方に向いています。高血圧や動悸、不整脈にも使用することがあります。
桂枝加竜骨牡蛎湯
体力中等度以下で疲れやすく、繊細で神経過敏になることで起こる不眠症に有効です。イライラや不安を改善する効果があります。自分の鼓動を強く感じたり、悪夢をよく見るなど睡眠が浅い方にも有効です。精神的な要因による男性不妊症、EDの治療にも使われます。
黄連解毒湯
体力中等度以上でガッチリした人向きです。のぼせ気味でイライラして落ち着かないような方の不眠に有効です。気持ちが落ち着きます。
酸棗仁湯
肉体的には疲労困憊でも神経が昂って眠れない時に用います。また覚醒と睡眠のリズムが乱れて、夜間目が冴えて眠れない、熟睡感がないといった場合にも有効です。