肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症

肺血栓塞栓症とは、肺の血管(肺動脈)に血栓が詰まって、突然の呼吸困難や胸痛、失神発作、時には致命的になる病気です。

飛行機で長時間同じ姿勢で旅行した後、歩き始めた途端に呼吸困難やショックを起こし、亡くなることもある「エコノミークラス症候群」と呼ばれる病気でもあり、入院中の患者様や手術後、妊産婦さんにも発症することがあります。

肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症のイメージ

肺血栓塞栓症の原因は、足の静脈(下肢深部静脈)に血栓ができ、それが剥がれて肺に至ることで発症します。「急性肺血栓塞栓症」と「深部静脈血栓症」は、「静脈血栓塞栓症」の2つの側面と言えます。

肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症のイメージ

静脈血栓塞栓症の原因

静脈内に血栓が形成される原因には大きく3つの理由があります。

静脈壁の障害(血管内皮の障害)

血管に点滴やカテーテルを長期間留置する必要があった場合や、何らかの炎症が起きた場合などに、血栓が出来やすくなります。

血流のうっ滞

足の筋肉が動くことで静脈の血流が生まれます。長時間の旅行や、足を骨折などで足を長時間動かすことができないと、血液がうっ滞し血栓が出来やすくなります。妊婦さんもお腹の静脈が圧迫されることで、下肢の静脈がうっ滞しやすくなります。

血液凝固能の亢進

生まれつき血液が固まりやすい体質の方がいます。癌などの悪性腫瘍があると血液は固まりやすくなります。また、ホルモンに影響する低用量ピルや、骨粗鬆症治療薬の一部では血液が固まりやすくなり、静脈血栓塞栓症を起こしやすいことが知られています。

静脈血栓塞栓症の検査と診断

①問診

医師による問診は非常に重要です。いつから、どんな症状なのか、他に持病や飲んでいる薬はないか、といったことを尋ね、状況を把握します。

②心電図検査

心電図は心臓の電気的な活動を波形として記録する検査です。肺血栓塞栓症では、肺動脈の手前にある右心室に負荷がかかり、心電図でも特徴的な所見を認めることがあります。

③胸部レントゲン検査

肺血栓塞栓症のレントゲン検査では、肺動脈陰影の拡張(knuckle sign)、末梢血管陰影の急激な減少(Westermark sign)など認めることがありますが、異常がみられない場合もあります。しかし心電図と同じく簡便で直ぐできる検査であり、鑑別診断に有用です。

④超音波検査(心臓および下肢静脈)

心臓超音波検査のイメージ

心臓超音波検査では、心臓の弁の形や動き、心筋の厚みや収縮などを評価します。肺血栓塞栓症が起きると右心室の圧力が高まり、左心室が圧排されて見られることがあります。

また、下肢静脈超音波検査では静脈の血流有無を見たり、軽く圧迫しながら検査することで血栓の有無を確認します。

⑤血液検査

肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症では、D-dimerなどの凝固系マーカーの異常が多く認められます。血液が固まりやすい体質かどうか(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症、抗リン脂質抗体症候群)も血液検査で調べることができます。

また、心臓に負荷が掛かった時に上昇する脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)や心筋トロポニンは、予後予測にも使えるマーカーです。

⑥造影CT検査

造影CT検査のイメージ

造影剤を静脈注射しCTをとることで、肺血栓塞栓症の有無を診断します。

肺血栓塞栓症の治療

静脈血栓塞栓症は抗凝固療法が中心ですが、肺血栓塞栓症の治療は、状況に応じて血栓溶解療法や人工心肺を併用した外科手術などが必要になる場合もあります。

①重症例・重症化リスクが高い場合

すでに心肺停止や、ショック状態の場合は一刻も早い循環維持が必要です。人工心肺(PCPS)を準備し開胸手術を行う場合や、積極的に血栓を溶かす血栓溶解療法を行います。

②中程度のリスクの場合

心臓超音波検査や血液検査の結果、ショックではないけれど、心臓にある程度の負荷が掛かっている状態です。早急に抗凝固療法を始める必要があります。

③リスクが低い場合

症状が軽く、心臓への負荷もない場合もあります。その場合でも下肢の静脈血栓が再発したり、残っていた血栓が飛んでくる可能性もあるため、抗凝固療法は必要になります。

④抗凝固療法が行えない場合

下大静脈フィルターのイメージ

さまざまな理由で抗凝固療法を行えないときは、下大静脈フィルターをお腹の静脈に留置して、肺に血栓が行かないようにします。

深部静脈血栓症の治療

深部静脈血栓では抗凝固療法を行います。

  • 血栓が進展したり再発することを防ぐ
  • 肺血栓塞栓症を防ぐ
  • 後遺症を軽減すること

が目標となり早期の診断と治療が大切になります。

以前は点滴薬での治療が中心でしたが、最近では直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)を用いる内服治療が多くなっています。

ただし、膝以下の末梢の静脈にできた深部静脈血栓の治療についてはケースバイケースで対応することになります。末梢型の静脈血栓がどんどん進展してくる可能性は3~4%程度で、肺血栓塞栓症をきたす可能性は1.6%程度とされますので、全ての患者様に画一的に抗凝固療法を行う必要はありません。

D-dimerが強陽性、膝窩静脈に近く血栓量が多い、特に誘因がないのに発症した、癌の治療中、入院などで動けない、等のリスクを考慮して治療方針を決めていくことになります。