麻疹(はしか)
麻疹ウイルスによる感染症です。麻疹ウイルスは、飛沫感染や接触感染のみならず空気感染も起こすため、感染力が非常に強いウイルスです。麻疹ウイルスの直径は100~250nmであり、飛沫核の状態で空中を浮遊し、それを吸い込むことで感染します。マスクをしても完全には防ぎきれません。唯一の予防方法は、ワクチン接種によって麻疹に対する免疫をあらかじめ獲得しておくことです。
日本を含む先進国では、死亡率は0.1~0.2%程度とされていますが、様々な合併症を起こして重症化するケースもあり、亡くなる方も毎年出ていることから油断できない重篤な感染症です。
流行には季節性があり、春先~初夏にかけて感染者が増える傾向にあります。全国規模の大流行は少なく都道府県によって差がみられ、地域単位の流行となっています。
また日本は2015年に麻疹排除国に認定されていますが、海外の流行地からの輸入感染症として集団感染を起こすことがあります。
日本では2歳以下の乳幼児や小児の感染が大半を占めますが、ワクチンによる抗体価が低下した成人でも感染・発症することがあります。
特効薬はなく、症状を和らげる対処療法を行うしかありません。
麻疹(はしか)の症状
麻疹の症状には出現する順序や期間に一定の特徴がみられますが、軽症の場合には上気道炎と見分けがつかないことも多々あります。
①潜伏期
麻疹ウイルスに感染した後、症状が出現するまで7~12日後の潜伏期間があります。
②カタル期
潜伏期間の後に、発熱や咳、鼻汁といった一般的な風邪症候群様の症状や、結膜充血や目脂などの結膜炎症状が2~4日程度続き、一旦解熱します。また口腔粘膜の奥歯付近に、やや隆起し紅暈に囲まれた約1mm径の白色小斑点(コプリック斑)が出現します。
- コプリック斑は麻疹ウイルス感染の診断に有用ですが、風疹ウイルスやパルボウイルスB19などその他のウイルス感染症でも出現することが分かっています。
③発疹期
カタル期では一旦解熱するものの直ぐに38度以上の高熱がぶり返し、赤い発疹が出現します。発疹は耳後部、頚部、顔面から出始め全身に拡がります。始めは鮮紅色扁平ですが、しだいに隆起して融合し斑丘疹となり、指圧すると退色します。
④回復期
発疹出現後、3~4日続いた発熱は解熱し体調が回復してきます。発疹は退色し始めますが、暗赤色の色素沈着となってしばらく残るものもあります。合併症のないかぎり7~10日後には主症状は回復しますが、免疫力が低下するため他の感染症に罹ると重症化しやすく注意が必要です。
感染力が最も強いのは発疹出現直前のカタル期で、発症した人が周囲に感染させる期間は発疹の前後4~5日程度です。そのため発疹前日から解熱後3日を経過するまでは、他者との接触は避ける必要があります。また、麻疹は学校保健法による第二種伝染病に分類されており、解熱した後3日を経過するまでは出席停止となります。
麻疹(はしか)の合併症
約30%の方が何らかの合併症を併発し、場合によっては入院治療が必要となります。その約半数が肺炎ですが、頻度は低いものの脳炎などの中枢神経合併症を併発することもあります。特にこの二つの合併症は麻疹による二大死因であり注意が必要です。
①肺炎
麻疹肺炎には「ウイルス性肺炎」「細菌性肺炎」「巨細胞性肺炎」の3種類がありますが、実臨床で3種類を明確に鑑別することは難しく、混在することもしばしばあります。
ウイルス性肺炎
麻疹ウイルス増殖にともなう免疫反応や炎症反応によって起こる肺炎です。病初期からみられることがあり、胸部レントゲン検査で、両肺野の過膨張、びまん性の浸潤影などを認めます。また片側性の大葉性肺炎の像を呈する場合もあります。
細菌性肺炎
細菌の二次感染による肺炎です。発疹期を過ぎても解熱せず症状が改善しない場合に考慮します。原因菌としては市中肺炎と同様に、肺炎球菌、インフルエンザ菌、レンサ球菌、ブドウ球菌などがあげられます。抗生剤治療が必要になります。
巨細胞性肺炎
特に細胞性免疫不全状態の方にみられる間質性肺炎です。麻疹ウイルスが持続感染した結果生じるもので、予後が悪い肺炎です。
②中枢神経合併症
中枢神経合併症は、頻度は低いものの重篤です。
麻疹脳炎
麻疹発症後、数日~2週間以内にけいれんや意識障害などの神経症状で発症する脳炎で、麻疹の重症度とは関係なく起こり、頻度は約1000例に1例程度とされています。約60%は完全に回復しますが、約20〜40%は後遺症(精神発達遅滞、痙攣、行動異常、神経聾、麻痺など)が残り、死亡率は約15%とされています。
麻疹封入体脳炎
HIV感染者や臓器移植後など細胞性免疫不全があると、麻疹発症後も脳組織へ進行性の持続感染が起こり麻疹発症後、約6~12か月で死に至る脳炎です。
亜急性硬化性全脳炎
麻疹発症後5~10年程度の期間をおいて、知的障害や性格変化、脱力発作などの神経症状で発症します。発症後は数か月~数年の経過を経て神経症状が進行して昏睡状態に陥る予後の悪い疾患です。変異麻疹ウイルスによる中枢神経系の遅発性ウイルス感染で、ウイルスに由来するF蛋白質の機能的異常や相互作用が関与することが明らかになっていますが、現在でも治療法は確立していません。
1歳未満の方や、免疫機能が低下している状態で麻疹に罹患した場合の発症が多いとされています。麻疹ワクチンの普及によって減少しており、年間1~4人程度の発症数とされています。
③中耳炎
最近の2次感染によって生じる合併症の1つです。耳から膿状の液体が出てくるなどあれば耳鼻科の受診が必要です。
④クループ症候群
喉頭炎および喉頭気管支炎は小児(特に乳幼児)の麻疹の合併症として多くみられます。麻疹ウイルスによるものと細菌の二次感染による場合があります。呼吸困難が強い場合には人工呼吸器管理が必要になる場合もあります。
⑤心膜炎・心筋炎
時に心膜炎や心筋炎を合併することがあります。麻疹の経過中半数以上に、一過性の非特異的な心電図異常が見られるとされますが、重大な事態になることは稀です。
⑥下痢
乳幼児では消化器症状として下痢や腹痛を伴うことも多く、全身管理が重要になります。
⑦流産や早産
妊娠中に麻疹に罹ると流産や早産を起こす可能性があります。
麻疹(はしか)の治療
抗ウイルス薬などの特効薬はなく、症状を和らげる対処療法を行うしかありません。
症状に合わせて解熱剤、鎮咳去痰薬、輸液などの投与を行います。間質性肺炎による呼吸困難の場合には、酸素投与やステロイドパルス療法などが必要となる場合もあります。
麻疹(はしか)の予防接種
麻疹(はしか)の予防は、MRワクチンを用います。MRワクチンは麻疹と風疹の両方を予防できるワクチンです。麻疹ワクチン、風疹ワクチンそれぞれ単独のワクチンもありますが、現在はMRワクチンが主流になっています。
ワクチンの種類
MRワクチンは生ワクチンです。麻疹ウイルスと風疹ウイルスを弱毒化したものですが、安全性が確認され世界中で接種されているワクチンです。しかし妊娠している女性は接種を受けることができません。また、妊娠されていない場合であっても、接種後2か月程度の避妊が必要です。これは、おなかの中の赤ちゃんへの影響を出来るだけ避けるためです。※授乳中の場合はワクチン接種が可能です。
ワクチンの接種方法と回数
接種方法は皮下注射です(インフルエンザワクチンと同様です。)
接種回数は2回です。2回接種を行うことで97~99%の確率で十分な免疫が獲得できます。MRワクチンは定期接種に指定されており、それぞれ決まった時期に接種します。
- 第1期:1~2歳未満
- 第2期:5~7歳未満(小学校就学前)
成人のワクチン接種
何らかの理由で今まで一度もMR混合ワクチンを受けていない方や、子どもの時に麻疹か風疹のワクチンを既に1回の接種は受けたことがあるけれども、2回目を接種する機会がなかった方も、2回目の接種が推奨されています。
- 医療従事者や教育関係者の方は必ず2回の接種を受けることをお勧めします。
- 海外渡航される機会のある方も2回の接種が推奨されます。
麻疹抗体価を確認しましょう。
血中の麻疹抗体価を測定することで、麻疹に対する免疫を確認することができます。基準値は検査方法で異なりますが
- EIA-IgG法 16倍以上
- PA法 256倍以上
- NT法 8倍以上
あれば十分な免疫を有していると言えます。
十分な抗体価が無い場合は、ワクチン接種によって免疫を獲得・増強する必要があります。
ワクチンの安全性
ワクチン接種後の反応として多く見られる症状として
- 発熱
- 発疹
- 鼻汁
- 咳嗽
- 注射部位の紅斑や腫脹
などがみられることがあります。
重大な副反応として
- アナフィラキシー
- 性散在性脳脊髄炎(ADEM)
- 脳炎や脳症、けいれん
- 血小板減少性紫斑病
などが報告されていますが、いずれも非常に稀(0.1%未満)で、ワクチンとの因果関係が明らかでない場合も含まれています。
MRワクチンは、ニワトリの胚細胞を用いて製造されており、卵そのものを使っていないため卵アレルギーによるアレルギー反応の心配はほとんどないとされています。しかし、重度のアナフィラキシー反応の既往のある方は、ワクチンに含まれるその他の成分によるアレルギー反応が生ずる可能性もあるので、接種時に医師に相談してください。